これは必見!(その11) 

37「北野天神縁起絵巻(承久本)」 (3)巻4「配流陸路」(その2)

わざわざ長文を引いたのは、もう一つ理由があります。
後半が道真の「楽天(らくてん)が『北窓(ほくそう)の三友』の詩を読む」を
そのまま引いている事は一読するとすぐ分かるのですが、
実は前半も「意(こころ)を叙(の)ぶ、一百韻(いっぴゃくいん)」という漢詩を
下敷きに書かれている文章なのです。

「生涯に定地なく、運命は皇天にあり」の絶唱から始まる1千字もの長編を
かいつまんで意訳すると、このようになるでしょうか。

生涯に定めなどなく
運命は天のしらしめすところ
思いもよらなかった 大宰府に赴任することになるとは……
右大臣の名は なぜ左遷にすり替わったのだ?
塵よりも軽く引きずり下ろされ
弓のように急激に放り出された
恥じ入る事を繰り返して 厚顔無恥となり
踵(くびす)を返す暇(いとま)もなく追い払われた
年老いた召使いは いつも杖にすがっている
疲労した馬には 何度も鞭(むち)を打つ
分かれ道に来ると 腸(はらわた)ははち切れんばかりに痛み
都城の門を遠望すれば 目に穴があく思いだった
朝露にまぎれて涙を流し
ホトトギスにかこつけて嗚咽(おえつ)する
     (中略)
害悪を加えられる事は避けようがない
だが汚名は雪(そそ)ぎたいと思う
邪悪なものが正義に勝ったためしはない
それとも真実は虚構に取って代わられるのだろうか?
     (中略)
同病相哀れむ友を求め
辛さを分かち合える故人を探し求める
才能はとうとう行き詰まり
富は結局のところつまづくもの
傅説(ふえつ)は宰相になる前は傅巌(ふがん)で杵(きね)を振るい
范蠡(はんれい)は湖に小舟を浮かべて越(えつ)を去った
賈諠(かぎ)が左遷された長沙(ちょうさ)の地は湿気が多く
屈原(くつげん)が身を投げた湘水(しょうすい)は水が巡り流れる
従二位(じゅにい)を授けられ 私は無意味に位ばかりが高くなった
誰を後任として数合わせの右大臣に据えたのだろうか
親友は食物を分け与えてくれ
親戚は衣服を洗ってくれた
すでに生きる辛さを慰められてきた
どうしてすぐにでも死にたいなどと考えようか?
     (中略)
運命の転変を恨むつもりはない
人生の辛酸は前世からの因縁
少しずつ快楽を捨て
徐々に生臭いものを遠ざける
合掌して御仏に帰依し
心をめぐらせて禅を学ぶ
果てしない今の欲望を嫌い
先人の真実の悟りを敬(うやま)う
     (中略)
世間とはますます疎遠になり
家から手紙が届く事もない
やせて帯がゆるくなり 紫色の服は色あせてしまった
鏡を見ると白髪頭が嘆かわしい
今の心境は 雲の合間を縫って飛ぶ雁(かり)
木にしがみつく蝉のように 寒々とした声で鳴く
蘭の香りが損なわれる秋になり
九回満月を迎えた
     (中略)
責任は千斤(せんきん)もの巨石より重く
立場は万仞(まんじん)の淵(ふち)に臨むように危ういものだった
大臣大将を兼ねて仰ぎ見られる立場になったが
人には功績も知識もないと口を揃えて言われた
     (中略)
つたない器ながら帝に重用され
つまらぬ小舟ながら補佐して大いなる川を渡った
国家の恩徳に応えられぬまま
辺境でのたれ死にしてしまうのだろうか
     (中略)
私に対する処分は法律の規定よりも厳しい
功績を石に刻み 後世に伝えられる事もなくなった
忠誠を誓い 君主の鎧(よろい)となろうとした事を後悔している
加えられた刑罰は 矛(ほこ)を振り下ろされるよりも辛い
取るに足りないかやぶきの貧居
陰鬱な海のほとり
私の住まいはこれで充分
この地が終焉の地になるのだろう
たとえ羊〓(ようこ)の魂が 故郷の〓山(けんざん)を慕っても
遠く離れた燕(えん)の地に埋葬されたら 彼はどう思うだろう
禍福はあざなえる縄だと思い知らされた
運命を占うつもりなどない
思いのたけを一千文字に込めたところで
誰が哀れんでなどくれようか

3分の1程度でも、すさまじい量ですね。
絵巻の詞書との対応を考えれば、書き下しの方が良かったかも知れません。
道真の慟哭が通じなくなる可能性は極めて高いのですが……。

承久本・配流陸路

(特別展図録より転載)


前の簾(すだれ)を巻き上げているのは、護送されていることを示すもの。
衆目にさらされるのは、堪え難い屈辱であったことでしょう。
実際、「意を叙ぶ」には、道中にあふれ返る野次馬を前に、
「胸焼けをこらえきれずに吐き、身も心もぼろぼろになった」という
趣旨の記述が見えます。

なお、展示されてはいませんが、巻4は以下のように展開しています。
船で瀬戸内海に乗り出す道真一行、
大宰府で秋を迎え、醍醐天皇から頂いた衣を前に涙に暮れる道真、
そして彼の死を受けて届けられた漢詩を前に天を仰ぐ紀長谷雄(きのはせお)。

巻1から始まった生前の物語は、ここで一旦結末を迎えます。



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