これは必見!(その3) 

16「菅家文草(かんかぶんそう)」(巻1:〜10/19、巻2:10/21〜11/16)

道真が自身の作品を集大成した漢詩文集です。巻6までが詩と詩序、巻7〜巻12が散文。

菅家文草・巻1

(写真提供:九州国立博物館)


巻1で展示されるのは冒頭部。とりあえず題の下の注記部分を拾い読みして下さい。

「月夜に梅花を見る〈斉衡三年乙亥。時に年十一。
  厳君(げんくん)、田進士(でんしんじ)をして試みしむ。
  予(よ)始めて詩を言ふ。ゆえに篇首(へんしゅ)に載す。〉」
11歳の作。自分が嵯峨天皇の前で詩を詠んだ年齢になったので、
父・菅原是善(これよし)が弟子の島田忠臣(しまだのただおみ)に命じて
作らせたものです。記念すべき処女作のため、巻頭を飾っています。

「臘月(ろうげつ)に独り興ず〈時に年十有四。〉」
「残菊の詩〈十韻、時に年十六。〉」
14歳と16歳。そのままですね。

「『赤虹篇(せきこうへん)』を賦(ふ)し得たり、一首
 〈七言十韻。これより以下四首、進士(しんじ)の挙(きょ)に応ずるに臨み、
  家君(かくん)日毎に試みる。数十首有りと雖(いえ)ども、
  その頗(すこぶ)る観るべきを採(と)りて留(とど)む。〉」
「『青を詠ず』を賦し得たり、一首〈十韻、泥字、擬作。〉」
「『躬桑(きゅうそう)』を賦し得たり、一首〈六十字、題中韻。〉」
「『折楊柳(せつようりゅう)』を賦(ふ)し得たり、一首〈六十字、題中韻。〉」
この4首は、文章生(もんじょうしょう)選抜試験を前に、
父親が日々出題した模擬試験の解答から抜粋したもの。
問題文を今風に直せば、
「○○を題材にした五言律詩を作れ、韻字は□、文字数は△字。」
といったところ。17〜18歳、青春まっただ中の受験生です。

「九日宴に侍(はべ)り、同じく『鴻雁(こうがん)来賓(らいひん)す』を賦す、
 各(おのおの)一字を探り、葦を得たり、応製
 〈これより以下十九首、進士(しんじ)及第の作。〉」
晴れて文章生となり、九月九日の重陽の宴に出席したときの詩。

「八月十五夜、厳閤尚書(げんこうしょうしょ)、
 『後漢書(ごかんじょ)』を授け畢(おは)んぬ。
 各(おのおの)史を詠じ、黄憲(こうけん)を得たり〈序を并(あは)せたり。〉」
菅原家の私塾で是善が続けていた『後漢書』(中国の歴史書)の講義が終了したので、
毎年恒例の八月十五夜の宴席でも、そこから題材が取られました。
道真は20歳。序文も書いています。

あとはもう自注も少ないので、訓読のみあげておきます。

「重陽宴に侍り、『景(ひかり)秋稼(しゅうか)に美(うるは)し』を賦す、応製」
「梅華を翫(もてあそ)ぶ、各(おのおの)一字を分かつ〈探りて勝字を得たり。〉」
「八月十五夜、月亭に雨に遇ひ月を待つ〈韻を探りて无を得たり。〉」
「秋風詞〈題中韻。〉」

展示品解説ではなく、漢詩講座みたいになってしまいました。
でもここまで長々と展示するのは本当に珍しいんですよ。

11/18からは、晩年の漢詩集「菅家後集(かんかこうしゅう)」とセットで
別の写本に変わりますが、この「菅家後集」がなかなかスゴいものなので、
(「前田家甲本!」と言われて分かる人は少ないでしょうが……)
改めて会期後半に取り上げるかも知れません。
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